あぐら会のおいたち

三十三間堂における謀議

まず、あぐら会の発端と申しますのは、私の交遊仲間で異業種を主としてお付合をさせて頂いております約20名の友達の中から何とはなく自然に出来上がった様な感じです。当時私共は、会社の仕事が終えますと或る場所に23人、時には10人近くが集まり、この経済の流れにおし流されそうな苦しさや、人事についての問題等、他では話すことの出来ない経営者のみが知る悩み等を、時には囲碁をさしたり、麻雀をしたり、それぞれがアドバイスをしながらの交流でした。そんな中から今の情報社会の中で、身近な所で何かいろいろな手掛をもたらして下される方法はないものかと、模索しておりましたところ、グループの中の大半が香川相互銀行の取引で、昭和51年暮に香川相互銀行の川井社長を囲む会が発足していて色々有意義な話題が出て、経営面でプラスになっているという話がありました。しかしながら私は先々代より百十四銀行のみのお取引にて、その話を唯々指をかんで見ているだけでした。前会長の高杉君と2人、互にどちらともなく「いいなあー」とグチとも取れる言葉が出るのみでした。当時約20名の友達の中で百十四銀行本店の御取引は3名でした。その様な時に、本店得意先課長に辻村様が転勤して来られました。辻村課長は高杉君の後輩とのことで、早速常日頃思っている事を話しました。高杉君も私も銀行からのいろいろなアドバイス、また我々の方からも銀行への注文等、何か百十四党で話し合いの場を持ちたいという趣旨が始めて銀行側に伝えられたという思いでした。辻村課長の上司の真鍋次長にこの事を報告していただき、早速に銀行側から真鍋次長、辻村課長、それに高杉君、古竹君、私と計5名で一度話合をする事が決定し、1週間後にワシントンホテル10階の三十三間堂で鍋をつつきながら腹を割っての話し合をしました。当時の香川相互銀行は、ゴルフを中心とした懇談会主体の会合の様子でしたが、当方は勉強を中心として行なおうではないか、勉強と云っても講師を招いて学校式勉強でなくて、ごく当り前の飾りのない本音で話し、本当に我々にとって必要問題を語りあおう。時には講師の話も結構だが、銀行から見た我々、また逆に我々から見た銀行という事で、従来の通り一編のあいさつは抜きにして、本当に腹を割って飾り気のない話し合い、しかもリラックスして、固苦しくない、いろりを囲みあぐらをかいての話の場にしようではないか。上も下もない遠慮のないものにしよう・・・とこれが「あぐら会」という名前の誕生でした。とにかく世話人会を発足させようと人選を進め、銀行側から小比賀次長、辻村課長、こちらは高杉好則、中村豊、中村勝、古竹久雄、吉原哲男の5名に決定し、会員と云うより同志を募る準備が進められました。

1ヵ月経過して会員予定者に11人勧誘が始まり5名、10名と日を追う毎に同志が集まって来ました。一方、我々世話人会として、会則、運営等を検討し、設立に向けて何かと集まり色々意見を出しあいました。例会はどの様に開催するのがベターであるのか、日程に関しても毎月か、奇数月か、114銀行にちなんで14日の日に日曜であれ祭日であれ開催するとか、高杉君の提案で例会毎に自分の企業紹介を行うという事も決定しました。会長、副会長、幹事、会計、監事と次々に内定し、銀行には顧問として当時の三野専務と松本営業部長に御依頼し、事務局は得意先担当課長に決定しました。あとはどの様に発会式をするかという事だけになりました。いろいろな事を高杉会長より目まぐるしく相談をかけられたのを思い出します。

いよいよスタートだ!

いよいよ「あぐら会」の入会のご案内が世話人5名の名のもとに発送され、行動に移ったのが昭和53年の年明けでした。入会予定者12名、全員の入会承諾書が届き、事務局3名、顧問2名の全員17名で昭和53514日、第1回の「あぐら会」を開催することが出来ました。この間、長いようでもあり、あっという間の出来事でした。いよいよこれで「あぐら会」のスタートだ!!とこれが今を去ること約15年前の出来事です。スタート以降は皆様ご存じの様に会員数も増し、順調に運営されております。この15年間の社会の流れはすさまじいものでした。こんな時だからこそ身も心もリフレッシュさせたいものですが、身近な所で旅に出て四季のうつろいを味わうという事はごくありふれたことかも知れません。しかし北海道の雪景色、奥入瀬の新緑や、沖縄の南の陽ざし等、その時々を身を持って味う事は不可能です。それを会員同志で話し合えば「ああそうか、いいなあ…」と判り合える事もあるはずです。今後はどうぞ有意義な会としてまた、永続性のある集団として運営してもらいたいと思っております。

皆様のご協力ご支援を一層お願い申し上げます。最後になりましたが高杉初代会長こそ、この会の生みの親であり、あぐら会の基礎作りをした人であります。

私として敬意を表すと同時に今後とも会員に語りついでほしいと念じています。

平成二年三月十日

中村 勝